「野中信行のページ」は、これで終わりです
9時過ぎに学校へ行く。
大雨である。雨具のズボンをはき、長靴をはいて歩き出す。雨男としては、まったく最適な日になったものである。
今日は、3月31日。37年目の最後の日になる。退職の辞令をもらう日である。
本校は、特別に職員を集合させる日を設けていない。
出勤している職員に集合をかけて、校長先生から辞令をもらう。中田市長からの感謝状を読み上げてもらい、私の一言で終わりである。
出勤されている先生方一人ひとりと写真撮影をして、学校を後にする。
飼育小屋の鳥たちに「さようなら」と挨拶をし、通勤途中でいつも声をかけてもらう家へ挨拶をし、そして、いつも声をかけている銀杏の木に挨拶をする。
これで全てが終わりである。
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このブログも、今日で終わりである。
2005年11月26日(土)に始めている。ちょうど2年と5ヶ月ぐらいである。
考えてみれば、たいした年数ではない。
今日で、ココロブのカウントは、147645アクセスである。
私が予想していた以上に読んでいただいたことになる。
現場で考え、現場で実践したことを率直に、ありのままに書いていくことをモットーに始めたものである。
「よくあんなに率直に書けるものですね」と、言われたが、それでも半分も思ったことが書けていない。それは、現場人としての制約である。
現場人としての発信を心がけるために、このブログの終わりも2008年3月31日と明示しておいた。
それが今日である。
さまざまに、「止めないで」コールをいただいた。ありがたいものである。
そういうことを言っていただけるだけでも、このブログを続けてきた意味がある。
だが、この「野中信行のページ」は、これで終わりである。
現場を退くということは、そういうことである。
みなさん、今までお読みいただき、ほんとうにありがとうございました。
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さて、これからどうするのですかと問われた。
仕事は、初任者担当の仕事である。辞令も出ている。
2人の初任者を育てていく仕事である。
だから、教育関係の仕事から全面的に足を洗うことにはならない。
多分、65歳頃までこのような仕事を続けていくのであろう。(未来を問うことはできないのだが…。)
だから、その間は細々とブログの名前を変えて、発信していこうと思っている。
先日のブログで、「誰でもが役割を持って生まれてきている」と書いた。
自分の役割意識を、やはり意識しなくてはならないと思う。
子供の頃から今までをずっと反芻してみると、自分がどのような仕事をし、どのような振る舞いをしなくてはならないのかということがおぼろげに見えてくる。
偶然に見えたさまざまなできごと、失敗、挫折、…それは自分の人生にとって必然であった、そのように思えてきたのである。
しばらく、ブログは停止する。
新たな気持ちで、新たなページで、新たなブログを発信していきたいと考えている。
それはいつになるか、まだ未定である。(私の中に発信していく気持ちが出てこないならば、ご容赦願いたい)
今までこれからのことを考えないで、現在だけを考え、走り続けてきた。やはり、しばらく休養する必要がある。
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谷川俊太郎の詩に「手紙」がある。
手紙 谷川俊太郎
電話のすぐあとで手紙が着いた/あなたは電話ではふざけていて
手紙では生真面目だった/<サバンナに棲む鹿だったらよかったのに>
唐突に手紙はそう結ばれていた
あくる日の金曜日(気温三十一度C)/地下街の噴水のそばでぼくらは会った
あなたは白いハンドバックをくるくる廻し/ぼくはチャップリンの真似をし
それからふたりでピザを食べた/鹿のことは何ひとつ話さなかった
手紙でしか言えないことがある/そして口をつぐむしかない問いかけも
もし生き続けようと思ったら/星々と靴ずれのまじりあうこの世で
私は、「口をつぐむことしかない問いかけも」「手紙でしか言えないことも」、このブログで盛んに書き散らしたのではないだろうか。
そんな手紙をみなさんに送り続けたのかもしれない。
私たちは、星々と靴ずれのまじりあうこの世で、ずっとずっと生き続けなければいけない。
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